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「ほう、いつから」
房一はさつき起き出したばかりであつた。歯ブラシをくはへると、井戸端で向ふむきにしやがみこんだまゝ、何をしているのかまだ顔も洗はないやうであつた。その円く前こゞみになつた、背中から、口のまはりに白い歯みがき粉をつけた顔がくるりと向きなほると、
「あんたも、おめでたいさうで」
「それは、まあ、都会風でいけばそれでいゝわけだが」
徳次はさきほど今泉が姿を現したずつと先の稍持上つて見える路面の白い輝きの方を、今にもドイツ兵達がぞろぞろ群をなして出て来るかのやうに眺め、それから熱心に今泉の眼の中をのぞきこんだ。
「坑には入つてみたんかね。あすこはもう何年も入つた人がないちふことだが」
と、何か文句にならないことを口の中で云つて、もう一度低いお辞儀をかへした。
「まあ、葉書でざつと町内に出しときましたがね」
さう呟きながら、下手を眺めた。
一番はしの家はよそから流れて来た浄瑠璃語りの家である。宵のうちはその障子に人影が写り「デデンデン」という三味線の撥音と下手な嗚咽の歌が聞こえて来る。
「あの人はつまりこんな風な人なんだわ。こんな風に――」
「どうしたんですの?何かあつたんですか」